テレビを見ていると、料理と健康を扱った番組でいっぱいです。医療に携わるものとして、 健康に興味を持ってくれることは嬉しいことです。 しかし、多くの人に注目される必要があるマスコミの性格上仕方ないことかも知れませんが、 非常に偏った知識を植えつける番組が少なくありません。 医学部に入ると解剖実習がありますが、遺体を前にして医師になるんだという気持ちが強くなったことを思い出します。 直接見ることができない人の体の中がどのようになっているのかは、多くの人が興味を示すことのひとつでしょう。
5月下旬から、青森県立美術館で、「人体の不思議展」が開かれます。 展覧会の主旨は、『人体標本を通じて「人間とは」「命とは」「からだとは」「健康とは」を 来場者に理解、実感していただき、またその人体標本が「あなた自身である」ことの共感を得ること』、とのことです。
私は、「青森県立美術館」で開かれることから、コンピュータグラフィックを 使った非常に精巧な人体の模型を展示するものと思い、楽しみにしていました。 しかし、それは間違いでした。実際の人体を腐敗しないように、 『新技術で作られたプラストミック標本』として展示するのだそうです。 『匂いもなく、また弾力性に富み、直に触れて観察でき、常温で半永久的に保存できる画期的な人体標本』とのことです。
東奥日報と青森放送が主催とのことですが、この2つの会社が内容を決めて実質的に主催しているのではなく、 開催を主催するだけでしょう。私はこの「人体の不思議展」を疑問に思っています。 ただし、私はこの展示を実際に見たのではなく、 インターネットのホームページなどで知り得たことで書いていることを断っておきます。
「人体の不思議展」のホームページを見ると、展示される人体標本は、 『生前からの意志に基づく献体によって提供された』中国人のものです。 頭から足まで、まるでCTの写真のように全身を輪切りにした展示があります。 8ヶ月の胎児がお腹の中に入っているのもあるようです。 本当にこのように展示されることに生前からの意思で同意したのでしょうか? 胎児がお腹の中に入ったまま亡くなった人は、その状態で同意したのでしょうか? 世の中にはいろいろな価値観を持つ人がいますので、同意する人もいることでしょう。 でも、常識的に考えると、同意する人がいるとは思えません。
私は、自分の体がこのように展示されることに同意する人はいないだろうと疑問に思うこと以外に、 例え同意したのだとしても、亡くなった人の体をこのように人目にさらすという行為に何とも言えない嫌悪感を覚えます。 なぜかというはっきりした理由がない生理的な嫌悪感です。 さらに、入場料を取っていますので、商業目的で扱っていることも気になります。
最近は無差別な殺人、家族を殺す事件、子どもの虐待など、生命の尊厳を無視した事件がたくさん報道されています。 このような時代に、「人体の不思議展」のような形で人体を扱うことで、生命が軽く扱われることを心配します。 青森県医師会は、今回の展示に協賛していますが、会員への通知では距離を置くことを表明しています。 教育委員会も協賛していますが、決して教育的な展示ではありません。このような展示は中止すべきです。 中止させることが無理であれば、この「人体の不思議展」を見に行かないことで成り立たないようにしようではありませんか。
私の予想では、処理された『プラストミック標本』を実際に会場で見ても、生身の人体の感じは受けず、 単なる模型と思う人が大多数だと思います。 しかし、標本にされた中国人の気持ち、その中国人の親の気持ちはどんなものでしょうか。(平成20年5月10日)
第45号より