食道癌の泉さん(仮名)は国立病院へ入院しました。狭くなった癌の部分は放射線療法で軽快し、おもちを食べられるようになりました。事情があって内視鏡検査は当医院で行っていましたので、そこを見ると多少狭くはなっていましたが内視鏡は余裕を持って通るようになり、潰瘍はなくなっていました。

ところが胸に水がたまり再入院となりました。予後がよくないことを悟った泉さんは落胆してしまいました。残された命がそれほど長くはないことを主治医から言われたからです。同居している息子の奥さんが私の医院に受診した時にこの話を伺いましたので、何か元気づけようと私はメモを渡しました。「世の中には信じられないことが3つある。男のひと言、女の涙、そして、医者の診断」と書きました。

泉さんはこれに元気づけられたようで、主治医も間違うことがあると言い聞かせ(国立病院の高橋修先生、ゴメンナサイ)、このメモをいつもポケットに入れていたと後で聞きました。結局、私の医院に来ることなく泉さんは亡くなりましたが、生きている限りは何か希望がなければ毎日が苦痛以外の何ものでもないことを感じました。

男のひと言はともかく、女の涙にだまされた人は数知れないでしょう。医者の診断があてにならないことは私たち自身がよく知っています。この場合に適当であったかどうかは分かりませんが、この格言?が泉さんに希望を持たせたことは事実です。