患者さんにどんな敬称をつけて呼ぶか議論になっています。 医療サービス向上の一環として、「患者さま」と呼ぶ病院が多くなっており、 医学論文にさえ、「患者さま」と記載していることがあります。 実際の医療現場にいると、「患者さま」と呼んだり、名前に「さま」をつけて呼ぶことに私は違和感を覚えます。
外来の診察室で検査結果を説明する時に、「斎藤さま、これは、・・・・・」というのは不自然です。 医師と患者は一緒になって病気と闘っているのですから。 救急車で運ばれてきた苦しんでいる患者さんや入院中に急に意識を失った患者さんに向かって、 「斎藤さんッ!聞こえるッ?手を握ってみて!!」とは言えますが、 1秒を争う医療現場で、患者さんと協力しながら迅速な処置を必要とする時に、 「斎藤さま!聞こえますか?手を握ってみて下さい!」とは言えません。 「さま」をつけることで、その後の言葉も違ってくることは当然です。
医療は一方的な押し付けではありません。患者さんと一緒になって治療しない限りできるものではありません。 大部分の患者さんは1ヶ月に1回通院しています。 つまり、28日のうちたった1日しか顔を合わせないのです。 ほとんどは患者さん自身の判断で薬を飲んだり、食事に気をつけて治療を続けています。 ですから、当たり前のことですが、患者さんと一緒に協力して初めて治療が成り立っています。
医療は基本的にサービス業ですので、病院も患者さんを「お客さま」として、 「接遇」に力を入れているところが少なくありません。 その講師として他の業種のプロを招いて研修を行っている病院がありますので、 そのようなところから「患者さま」になってきたのでしょうか。 確かに、「患者さま」と呼ぶことで、それに続く言葉と態度物腰は必然的に丁寧になりますので、 マナーの向上には役立つのは確かでしょう。しかし、本当に心が伴っているのでしょうか?
エスキモー人に雪を売り、アラブ人に砂を売るのが、商売上手だといいます。 この状況では、「患者さま」として対応するのが自然でしょう。 でも、これは医療現場には当てはまりません。 利益を上げるために患者さんに不必要なこと、むしろ健康を害するようなことをするのは医療現場では許されません。 飛行機のスチュワーデスやデパートや銀行の窓口の人のように、 気持ちよく使ってもらうために、「お客さま」を一段上に持ち上げて「斎藤さま」と呼ぶ状況を、 医療現場に持ち込んだのが間違いの基だと私は思います。
私の娘は、歯の矯正で岩手医大歯学部附属病院に通っています。 5年間も通院すると先生達とも仲良くなり、よくこんなになるものだと思うほどきれいに矯正されました。 娘と患者さんの呼び方について話していた時のことです。 「さま」というのは、商売上でお金をもらう側が使う言葉で、対等な関係ではないとの結論に達した時に、 岩手医大での呼び方についてこんなことを教えてくれました。 顔見知りの受付では、「沢田さん」と呼ばれる。中で診察する時は、 仲良くなった先生たちからは、「愛ちゃん」と呼ばれる。 そして、会計でお金を払う時は、「沢田さま」と呼ばれる。
どのように呼ぶかはそれぞれの考え方であり、時の流れとともに変わっていくものだと思います。 その基本にあるのは、患者さんを「お客さま」扱いするのではなく、 大人としての対等な関係を維持することだと私は思います。 「患者さま」と呼ぶことは、その対等な関係は成り立ちませんし、 「患者さま」と呼ぶことに、むしろ違和感を覚えます。
第23号より