日本の医療は、世界一と言われています。 この日本の医療を支える仕組みが、「国民皆保険制度」と「フリーアクセス(患者さんが自由に医療機関を選んで受診できること)」です。 日本の国民は、大きな会社のサラリーマンを中心とした健康保険組合、公務員などの共済組合、中小企業の従業員向けの協会けんぽ、 自営業者などを中心とした国民健康保険、など、いずれかの保険に加入しなければなりません。 そして、この大きな特徴は保険証を持っていれば、「誰もが、必要な時に、必要な医療を受けられる」という点です。
健康保険の種類はたくさんありますが、受けられる医療が経済力に左右されることはほとんどありません。こんな制度は世界でも日本だけです。 しかし、若い人が少なくなり高齢者が増えていること、医療技術が高度化して医療費が高騰していること、などから、 最近はこの財政事情は危機的状態にあります。
日本の国民医療費は年々増え、35兆円に達しました。内訳は、保険料が約50%、窓口負担での個人負担が約15%です。 残りの約35%は公費つまり税金でカバーされています。 医療費の伸びが大きな問題となっているのは、増え続ける公費負担分が国家財政を圧迫しているからです。
医療費の伸びが問題化するのに伴って「混合診療の解禁」という問題が出てきました。医師会では「混合診療の解禁」に反対しています。 混合診療とは、保険診療と自費診療を併用することです。 現在の制度では、双方を併用すると保険が使えず、原則として、保険が適用できる部分の費用まで全額自費となります。 現在、ノロウイルスによると思われる感染性胃腸炎が流行していますので、この診療を例にとって混合診療を説明します。
ノロウイルスによる胃腸炎は、吐気が強く、下痢、腹痛、発熱などが主な症状です。食べられませんので点滴することがしばしばです。 そして、内服薬を持って帰ります。さて、ノロウイルスと確定するためには下痢便の中にノロウイルスがいるかどうかを調べます。 実は、この検査は保険では認められていません。保険で認められていなければ自費で検査をすればいいと簡単に考えます が、診察代、点滴や薬代は保険で負担し、ウイルス検査は自費とすると「混合診療」になるのです。
選択肢は3つです。1)ウイルス検査をしないで保険診療だけにする、2)自費でウイルス検査をすると、診察代と薬代も保険は使えませんので、 すべてを自費診療とする、3)ウイルス検査をするが、これは患者さんに負担させないで医院で負担する。実際は、1)か3)で対処しています。
単純に混合診療を認めて、保険が適用できない部分は患者さんが自費で負担して診療した方がいいのではないか。 お金がある人は、高い医療費を払ってでも、保険が効かない治療法を選んでもいいのではないか。いろいろな議論があります。 でも、なぜ混合診療に反対しているのでしょうか。
一つ目の理由は、混合診療が認められると、新しい医療が保険で認められにくくなるからです。 つまり、現状ではノロウイルスの検査は将来、保険で認められるようになります。しかし、一部を自費で支払う混合診療が認められると、 このノロウイルスの検査は保険診療に組み入れられるのが遅れるか、ずっと認められない可能性が高くなります。 医療費削減のためには公的な保険ではなく自費診療を多くすればいいのですから。逆に、保険財政の立て直しのために、 現在保険の対象になっている医療が除外されてしまう可能性もあります。
二つ目の理由は、有効性が不確かな怪しげな医療が並行して行われる可能性があるからです。これは医師の倫理観の問題ですが、 現実問題としては起こり得ることです。現在は基本的に効果が確かめられた医療でなければ保険診療とは認められません。 保険診療と自費診療を同時に行うことが認められると、効果が不確かな医療行為が広まる可能性があります。 混合診療を禁止することでこれを抑制する効果が期待できるのです。
三つ目の理由は、患者さんの経済力により受けられる医療に大きな差が生じ、同時に、医療機関側が利益を期待できる自費診療に力を入れる結果、 貧富による「患者選別」が広がる恐れがあるからです。 これは、皆保険制度の「誰もが、必要な時に、必要な医療を受けられる」という理念に反します。
「混合診療」ということに関しては、微妙なことが含まれています。 今回も簡単に書こうとしましたが、微妙なことが影響してむずかしくなってしまいました。 いずれにせよ、高齢者が増え、新しい医療技術や薬剤が開発されると医療費が増えるのは当然です。 みんなが生きていく上で、この費用をどうするかということを考えないといけません。私は現行の制度を継続していくことがいいと考えています。
民主党政権は、高額医療費対策として、患者さんが受診するたびに500円負担する「受診時定額負担制度」を作ろうとしました。 医師会ではこれに反対し、沢田内科医院でも皆さんに署名をお願いし3週間で約500人の方が協力してくれました。ありがとうございました。 この制度は反対する人が多く、実現しないことになったようです。間抜けなことに、私自身がこれに署名するのを忘れて提出してしまいました。 実は、このお礼を書こうと思って書き始めたのですが、混合診療の話になってしまいました。
第67号より