アメリカの金融危機をきっかけとして、日本の不況は先が見えなくなりました。外国の経済状況がこれほど日本の企業の業績に影を落としたことはありません。世界のトヨタが、前年の2兆円の利益から、今年度は赤字決算ということに驚きました。そして、青森県内では、優れた技術を持つ優良企業とされていた八戸市のアンデス電気が民事再生を申請する、つまり、倒産するということが起こりました。これには全く驚きました。

日本の金融危機や企業の業績悪化は、アメリカの金融危機のためではなく、危機状態にあった日本の経済状況が、これをきっかけにして表面化しただけでしょう。「非正規社員を正規採用せよ」、「派遣社員の雇用を守れ」、「内定した学生の採用を取り消すな」、などということが言われますが、これを守ると企業として存続できないのが実状でしょう。

働く側からは、「正規社員となって拘束されずに自由に働きたい」、「働いてお金を貯めたら自由な時間を持ちたい」、などと多様な働き方があると言われていました。「実力がある人はヘッドハンティングで会社を移る」、「報酬は実力を評価した年俸制で」、「日本型の年功序列の会社はもたない」、などと言われたのはついこの前です。

私は開業医として、小さいながらも一つの組織を経営しています。規模が違いますが、これらのニュースを見て、とても他人事とは思えません。最近の開業医は仁術を忘れ儲け主義に走っている、勤務医の過重労働を改善するために開業医の収入を病院に移すべきだ、などという議論があります。しかし、開業医は、定められた診療報酬にしたがって収入を得ているだけで、不正な手段を使って儲け主義に走っているわけではありません。幸いにも、私の医院にはたくさんの患者さんが来てくれますので、比較的多くの職員を確保して医療活動ができます。しかし、年々、経営状況は厳しくなっています。これを契機に、医院の状況をちょっと考えてみました。

私の医院には入院施設があり、薬は院内処方です。いずれも世の中の流れとは逆行するもので、経済的な経営面だけを考えた場合には有利なものではありません。入院設備を持つと、看護職員を多く必要とし、給食のための職員も必要です。看護師を募集しても、当直勤務がある有床診療所には応募が少ないと聞きます。病院に比べて診療所の入院費は安いので、経営的には厳しいものがあります。

薬を外の薬局ではなく院内処方するというのも経営を考えると有利なものではないようです。よく薬価差で儲けていると言われていましたが、国の医療費削減の方針で利益幅は少なくなってしまいました。むしろ在庫管理や調剤だけでなく安全面を確保するために多くの人員が必要となりました。

入院ベッドを持つのは、経済的なことではなく、その医師の診療スタイルがもっとも大きな理由だと思います。私は末期がん患者さんを診療していますので、私の医院で亡くなる患者さんは少なくありません。積極的な治療が必要でなくなった患者さんの治療を、大きな病院から依頼されることも多く、これも私の医院が存在する意義ではないかと思っています。大きな病院へお願いするほどではないが、家に帰しても患者さんはつらいかなという場合は短期間入院することで楽に治療をすることができます。また、入院設備があると看護師が必ずいますので、時間外診療がスムーズにできます。実際、月平均53人の時間外受診があります。病気は休みませんので、日曜日や祝日でも継続して治療できることも入院設備を持つ医院のメリットです。連休などで薬がなくなった場合、入院設備がある医院で院内処方であれば、休日や夜間でも薬を手に入れて服薬を継続することもできます。

日本は自由開業医制です。これは開業医の立場から考えると、公的な資金を使わず私有財産で医療活動をさせる制度です。多額の借金をして医療活動を行いますので重い経営責任を負いますが、最後は古くなった医院の建物と使えなくなった医療器械だけが残ります。経済的な面だけを考えると、開業する意味がなくなってきたと言われている理由がここにあります。

沢田内科医院には職員が20人います。職員は経費ではなく財産だといいます。私もそのように思います。基本的に人は生きて行くために働いているわけですから、経営者としてそれに応える責任があります。経済状況の変化に対応した経営が求められるこの頃ですが、これまでの日本的な家族的な医院のままで経営して行きたいものです。