(看板犬とともに)
ある夜、遅い夕食をとっていたときのこと。5歳の娘が突然右側から何かで叩かれたかのように「痛っ!」と言って額を押さえてしゃがみこんでしまった。直前まで楽しくおしゃべりをしていたのに「痛い、痛い」と言いながらうずくまって泣き出したのだ。いつもは眠くてグズりだす8か月の下の子も、お姉ちゃんのただならぬ様子にだまって様子をうかがっている。
突然発症の強い頭痛。大人であればまず「くも膜下出血」を考えなければならない状況だ。子供ではかなり稀なためいったい何だろう?と頭の中にいろいろな病気を挙げてみるもしっくりこない。麻痺はないし吐き気はあるが少しとのことで、とりあえず痛み止めのアセトアミノフェンを内服させた。ふとんに連れていき様子をみたが30分たってもウンウンうなっている。だんだん自分も不安になってくる。
こういうときいくら医者といえど判断を誤ることがある。いくら自分は冷静だと思っていても身内のこととなると話は別だ。妻も不安そうな顔をしている。自分だけの判断では不足と考え、思い切って野田にある休日夜間診療所を受診してみることにした。
保険証と母子手帳を準備して、娘を抱っこして車の後部座席を倒して横にしてのせた。そのころには唸ることはなくなり目を閉じてじっとしている。車を発車させるが、逆に声がしないと意識がなくなったのではないかと思って心配になる。信号で止まるたびに後ろを振り返って声をかけて何度も意識確認した。駐車場に到着してから抱きかかえて待合室に入った。
受付を終えると問診票を書くよう言われ、バインダーと鉛筆を渡された。症状を時間経過順に書こうと思うが、いつもカルテを書くようにはスラスラ書けない。自分のこととなるとこうも混乱するのかと実感した。幸い待っている患者さんはおらず、すぐに診察となった。その頃には娘は自分の足で歩けるようにはなっていた。
小児科はK先生が対応してくれた。何気ない会話をしながら、娘の様子をうかがって慎重に診察している。私と話をして気を逸らせている間の様子も観察して、深刻な状況ではないと伝えてくれた。百戦錬磨の専門の先生の「大丈夫」はとても心強かった。会計を終えて診療所を出る頃には、歩道のタイルでケンケンパをするくらいに元気になっていた。帰りの車の中ではぐっすり眠ってしまったため、布団まではまたしても抱っこで運んだがホッとしたせいなのかとても重く感じた。
翌日は頭痛はないものの「右の上の歯が痛い」とか、さらに翌々日には「右の顎のところが」とか連日様々な場所の痛みを訴えるようになったが、その後よくよく話を聞いてみると保育園の友達との間で何かいやなことでもあったようだ。子供なりに人に言えないストレスを抱えていて、それが身体症状となって出てきたのでないかと考えられた。
一見あり得ないような症状でも、怖い病気が隠れていることがある。でもほとんどはなんでもないことが多い。つまりよく調べてみても、空振りに終わることが多いということだ。しかし実際に本人がツライ思いをしている以上、それはあるものとして扱う事にしている。いつか本物に当たることがあるからだ。何もしないであとで後悔するくらいなら、結果はどうあれ、やるべきことはやっておく。その方があとで後悔することが少ないのではないか。そう思って日々の診療にあたっている。
第118号より